冠動脈バイパス術

冠動脈バイパス術とは病変のある冠動脈に対して、狭窄または閉塞している部位を飛び越えて、新たな別の血管を用いて血液の流れる通路を作る手術です。当科では、全ての症例に遠隔成績のよい内胸動脈グラフトを使用しており、その遠隔成績は良好です。他に橈骨動脈などの動脈グラフトや大伏在静脈グラフトを用いて多枝バイパスを行っています。
以前の冠動脈バイパス術は人工心肺を用いて、心停止のもとで行うのが普通でした。しかし、人工心肺使用に伴う様々な身体への侵襲を避けるために、最近では心拍動下冠動脈バイパス術 (Off pump coronary artery bypass ; OPCAB)が普及してきています。この術式は人工心肺を用いずに、スタビライザー、心尖吸引器などの様々な器具を用いて吻合する部位だけを固定して行います。その結果、人工心肺に伴う侵襲の回避、手術時間の短縮、および術後回復の短縮につながります。特に術後の回復が早く、早期離床、早期退院が可能となり、また、高齢者や様々な合併症をもった患者さんでも同様な回復が期待できます。
しかし、患者さんの状態や心臓機能によっては、人工心肺併用の方が安全な状況もありますので、症例に応じて適応を決めています。
実際の手術器械と手術写真(心臓を持ち上げて裏にある回旋枝にバイパスを吻合しているところ)です。

また、術後の治療を円滑にするためにクリニカルパスを積極的に使用しています。これにより患者さんはどのように入院生活が進んでいくかが判ります。

クリニカルパス

手術 当日 手術室にて手術後ICU入室、術後面会。
術後 0~1日目 抜管。飲水、食事摂取開始。
術後 2日目 一般病棟へ転棟。
術後 3~5日目 歩行開始、点滴・ドレーン抜去後よりシャワー浴開始、心臓リハビリテーション。
術後 6~14日目 心臓エコー検査、冠動脈造影CT、退院もしくは転院。

当科は1996年より心拍動下冠動脈バイパス術(Off pump coronary artery bypass ; OPCAB)を行いましたが、待機手術での手術死亡率は約1%、早期のグラフト開存率は動脈 99%、静脈 92%と良好です。Off pump導入以前に約700例の心停止下冠動脈バイパス術(On pump coronary artery bypass)を行っておりますが、グラフト開存率は同等です。Off pump導入により出血量、輸血量は大幅に減少し、入院期間も短縮されました。
下の写真は冠動脈バイパス手術の術後造影(CT アンギオ)です(4枝バイパス後)です。

当科が多用しているバイパスの組み合わせは、写真のように①左内胸動脈→前下行枝、②右内胸動脈→対角枝、③左橈骨動脈→回旋枝、④大伏在静脈→右冠動脈です。3枝バイパスでは左内胸動脈→前下行枝、右内胸動脈→回旋枝、左橈骨動脈または大伏在静脈→右冠動脈の組み合わせを多用しています。若年例では胃大網動脈を使用する場合もあります。

弁膜症手術

心臓には4個の弁が備わっていますが、治療を要することが多いのは僧帽弁と大動脈弁、次いで三尖弁です。僧帽弁は左心室の入り口にあり、大動脈弁は左心室の出口にあります。三尖弁は右心室の入り口の弁です。手術方法には、悪くなった弁を切り取って人工弁を装着する弁置換手術と、自己の弁を修復し温存する弁形成術があります。 いずれにせよ、心臓内部の手術ですので、人工心肺を使用して行われます。

人工弁

弁置換術で使用される人工弁には機械弁と生体弁の2種類があります。機械弁はパイロライトカーボンや金属で出来ています。この弁は耐久年数が長い利点があり比較的若い人に用いられますが、一生涯、抗凝固剤(ワーファリン)という薬を飲み続けなければならない欠点もあります。

生体弁は、牛の心嚢膜で造ったステント付生体弁を使用しています。生体弁の利点は、抗凝固剤(ワーファリン)を必ずしも必要とはしないことですが、若年者ほど劣化が早いため、65歳以上の高齢者に用いられます(この年齢での15年後の劣化率は10%程度です)。ワーファリンの服用を必要としない点は患者さんにとり大幅な負担軽減になりますので、患者さんが希望されれば60歳以上でも使用しています。また、生体弁の耐久性向上が進歩しており、20年近い耐久性も見込めるようになりつつあります。現在、当科では人工弁の90%以上を生体弁が占めています。
生体弁の長期使用による劣化の場合、解剖学的条件が合えば、下記のカテーテル大動脈弁を劣化した生体弁の中に留置することが可能になりました (TAV in SAV)。保険診療での治療であり、現在、20年以上経過した劣化生体弁に対しての治療も行っています。
大動脈弁においては、弁の大きさが非常に小さくて身体サイズに見合った人工弁が入らない患者さんもみえます。その場合は、弁輪拡大術を行って身体サイズに適した人工弁を留置しています。

手術対象の高齢化に伴い、弁とバイパスの合併手術も増えています。
Magna 弁による大動脈弁置換 + 弁輪拡大 (Nicks法) + 3-CABG

弁とバイパスの合併手術1 弁とバイパスの合併手術2
Magna 弁による大動脈弁&僧帽弁置換 + 弁輪拡大(Manouguian法)+ 1-CABG

弁形成術

自己の弁を切除せず、弁そのものを修復することによって病気を治療する手術です。自己弁が温存されますので術後の生活の質(Quality of life ; QOL)の向上に非常に期待が持てます。弁形成術のほとんどは僧帽弁に対して行われますが、最近は大動脈基部拡大による大動脈弁逆流に対しても、患者さんの年齢に応じて行っています。
僧帽弁形成術は弁尖の逸脱、弁周囲の拡大により、弁の逆流が生じている場合に行われる術式で、病変部の切除ないし人工腱索(Goretex糸)による逸脱の矯正、弁輪(弁周囲部)にリングを縫着することにより弁輪を縮小することで逆流を防ぐことが出来ます。

大動脈基部拡大による大動脈弁逆流に対しては、Valsalva graftおよび大動脈弁尖に対する形成を行っています。

TAVI

「TAVI」とは「経カテーテル大動脈弁留置術(Transcatheter Aortic Valve Implantation)」、の略称です。
胸を開かず、心臓を止めずに「人工弁」を心臓に装着することができ従来の手術に比べ負担がはるかに少ないため、これまで通常の手術が困難であった患者さんに対しても、治療が可能となりました。
2002年にフランスで第一例が施行され、以来ヨーロッパと北米を中心に普及し、本邦でも2013年10月よりSAPIEN XT(Edwards社製、写真1)が保険償還され、2015年12月より当院でも治療を開始しました。(三重県初)

大動脈弁狭窄症(AS)は大動脈弁にカルシウムが沈着して硬くなり開きが悪くなり、心臓から血液を送り出せなくなる病気で、高齢者に多くみられます(80歳以上の3-5%の人に重症ASを認める)。(図1)。息切れ、胸痛や失神、めまい等の症状が始まると、症状が憎悪しつつ2-3年で死に至ります。従来の外科的手術が唯一の治療法でしたが、超高齢な方、過去に開胸手術の既往がある方、呼吸器疾患合併がみられる方などは危険が高い為、TAVIが考慮されます。

治療の実際

TAVIには4つの治療方法があります。
最も使用される方法は、大腿動脈からのカテーテル弁の挿入する術式(TF-TAVI)です。
大腿動脈からの挿入困難な場合は、鎖骨下動脈(TS-TAVI)、上行大動脈(DA-TAVI)、心尖部(TA-TAVI)の方法を行います。

当院では、術前にCT検査やカテーテル検査などを受けて頂き、個々の患者さんに応じたアプローチ法を選択しています。

メイズ手術

心臓弁膜症では心房細動という不整脈を合併する例がしばしば見られます。このような場合には心房細動を治療するために開発されたメイズ手術を、弁手術と同時に行います。左心房の一部に凍結を行う方法が基本ですが、双極型の高周波ablationを行うことで、Off pumpバイパス手術にも応用しています。
弁膜症の手術でも術後はバイパス手術と同様のクリニカルパスを使用し、早期離床、早期退院が可能となっております。

拡張型心筋症(DCM)、虚血性心筋症(ICM)の手術

拡張型心筋症(DCM)は、原因不明で進行性に著明な左心室の拡大と収縮の低下を生じる病気です。息切れを自覚するようになり、進行すると、安静時も呼吸の苦しさを生ずるようになります。病気が末期にいたった場合には心臓移植の適応と考えられています。しかし、日本国内での移植医療はドナーの提供が限られており、諸外国と比べ、極めて少ないです。また、患者さんご自身の問題で移植を受けることができない場合もあります。一方、左心室が著明に拡大した場合、僧帽弁の逆流(閉鎖不全)を生ずる場合が多く、逆流の増加により、さらに左心室は拡大し、心不全症状が増悪する悪循環を生じてきます。
当科では1)上記僧帽弁閉鎖不全に対する僧帽弁形成術、または弁組織を温存した僧帽弁置換術2)心臓再同期療法(Cardiac resynchronization therapy ; CRT)を基本的な外科治療法と考えております。
虚血性心筋症(ICM)は、心筋梗塞に続発して心機能の低下、左心室の拡大、瘤化をきたす病気です。やはり、心不全症状の原因となりますが、この場合は、左室縮小形成術「SAVE手術」が有効で、冠動脈バイパス術、僧帽弁形成術などと組み合わせて行います。

大動脈手術

人工血管置換術

胸部大動脈の手術は全身の動脈硬化の結果として表れるので高齢者に多く、ほかの病気も持っているケースが多いのが特徴です。このうち頭部に血液を送る3本の血管が枝分かれする弓部大動脈の動脈瘤では、枝の血管も含めてそっくり人工血管にとりかえます。その際に、脳への血流を確保して行います(順行性選択的脳循環)。
現在、オープンステントが保険償還され、この人工血管を用いることで手術riskが軽減され、最近では80歳代の患者さんも安全に弓部大動脈人工血管置換術を受けることが可能になってきています。

下行大動脈、胸腹部大動脈の瘤は脊髄障害の予防のために軽度に体温を下げ、腹部臓器、腎臓への血流を確保して行います。この手術では術前MDCTによる脊髄動脈の同定、術中運動脊髄電位の測定を行うことで脊髄障害の予防に努めています。

傍腎動脈腹部大動脈瘤に対しても積極的に手術治療を行っています。冷却乳酸リンゲル液を潅流して腎保護を行い、腎機能の低下を予防しています。

ステントグラフト治療(EVAR & TEVAR)

解剖学的条件が合えば、大動脈疾患に対して低侵襲のステントグラフト治療を行っており、三重県内で最も症例数が多い施設です。

  • 腹部大動脈瘤ステントグラフト(EVAR)

    当科では2013年9月より腹部大動脈瘤に対するステントグラフト手術(EVAR)を開始いたしました。2023年12月時点で約250例施行し、全例合併症なく退院されております。
    ステントグラフト手術では両側の鼠径部を切開、血管を露出し、そこから折りたたんだステントグラフトを大動脈に挿入します。挿入したステントグラフトを腹部大動脈瘤の部位で拡張・留置し、ステントに固定されたグラフト(人工血管)が瘤内への血流を遮断、瘤を減圧することで拡大・破裂を予防します。
    入院期間は術後約5日程度です。
    この方法を安全に行うためには、動脈瘤とその上下の大動脈の形や太さや、カテーテルを挿入する脚の付け根の動脈の太さや状態などが、ステントグラフトに適していることが条件となります。条件を満たさない場合は開腹手術が必要となります。

    術後経過
    術後1日目:食事、歩行開始。
    術後4日目:脈波検査、造影CT検査施行。
    術後5日目:退院。
  • 胸部大動脈瘤ステントグラフト(TEVAR)

    腹部大動脈同様、胸部大動脈に対してもステントグラフト治療が存在します。
    当院では2014年6月より胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療を開始いたしました。
    2023年12月時点で約350例施行しました。また、大動脈解離に対しても積極的にステントグラフト治療を行っております。
    胸部大動脈疾患は、弓部大動脈の頭部血管や上腹部の重要臓器への血管を巻き込んでいる場合があり、そのような場合はバイパス術を同時または先行して行い、ステントグラフト治療を施行しています。

    術後経過
    術後1日目:食事、歩行開始。
    術後4-7日目:脈波検査、造影CT検査施行。
    術後5-8日頃:退院。

ペースメーカー、埋め込み型除細動器(ICD)、両室ペースメーカー(CRT)

当科ではペースメーカーや埋め込み型除細動器(Implantable cardioverter defibrillator ; ICD)、両室ペースメーカー(Cardiac Resynchronization therapy ; CRT、最近はICD機能も兼ね備えたCRTDが一般的)の植え込み術も行っております。

クリニカルパスを使用してより良い治療効果を挙げています。

クリニカルパス

手術 前日 入院、手術の説明。
手術 当日 手術、術後一般病棟に帰室。
術後 1日目 肩バンド固定にて歩行開始。
術後 5日目 退院。
術後 7日目 外来にて抜糸。