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四日市公害について

住民運動

  住民運動は当初、異臭魚で深刻な被害をうけた漁民、そして工場近辺のばい煙や騒音、健康被害に悩む住民が中心でした。
 しかし第2コンビナートの操業の本格化とともに周辺住民にも被害をもたらし、大きな反発を招きました。
 このように各種の住民運動が活発化する中で、昭和38年7月、市議会の革新勢力や労働組合からなる「四日市公害対策協議会」が結成されるなど、さまざまな住民運動が展開しました。

[ 四日市公害認定患者の会第1回総会 ]

(撮影:澤井余志郎氏)

四日市公害をなくす会総会


(撮影:澤井余志郎氏)

諏訪公園での追悼市民集会とデモ行進


(撮影:澤井余志郎氏)

公害訴訟を支持する会街頭運動

公害に怒りの市民集会
「"青空返せ"と抗議」


(撮影:澤井余志郎氏)

 

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