“ロマンティック”よ、永遠に 内藤ルネ展
ビビッドな色彩で大胆なデフォルメをした少女像を描き、戦前からの抒情画と決別したまったく新しいスタイルを生み出したアーティスト、内藤ルネ(1932年〜2007年)。ルネの描くスタイルは、現在の「かわいい」につながるニュアンスの発見と普及に大きく貢献しました。
本展では、希少な原画や初版の印刷物グッズなどにより、イラストレーターであり、画家であり、インテリアデザイナーでもあった多彩なルネのファンタジー・ランドを一堂にご紹介します。ルネが発信してきた流行の数々をお楽しみください。
ルネは戦後、憧れの中原淳一に招かれ上京し、ひまわり社に入社・編集の仕事を手伝いながら、1953年『それいゆジュニア号』でイラストレーターとしてデビューしました。その後、1954年の『ジュニアそれいゆ』創刊と同時に主要メンバーとなり活躍し、イラスト、人形、手芸などを手がけ、インテリアやエッセイなども発表しました。1959年7月に、中原が病に倒れた後は、代わりに『ジュニアそれいゆ』の表紙を担当し、看板スターとして大活躍。この頃から1964年頃まで、少女雑誌各誌の口絵や付録などを多数手がけ、多忙な日々を過ごしました。
第T章では、『それいゆ』『ジュニアそれいゆ』の仕事を中心に、少女雑誌の付録などを紹介します。当時の女の子たちを虜にした大胆なデフォルメとビビッドな色彩で描かれたルネスタイルは今も変わらぬ魅力を放っています。
![]() 表紙(『ジュニアそれいゆ』第32号)1960年 |
![]() 表紙(『ジュニアそれいゆ』第38号)1960年 |
![]() 会場風景 |
少女雑誌のブームが一段落した1960年代から、内藤ルネは活動の場を女性誌に移していきました。1960年『服装』に「トゥイーン・ファッション」で初登場し、ファッション、手芸、人形を手がけ始めました。そして、インテリアのコラムを連載するなど、バラエティーに富んだルネワールドを展開しました。
1972年7月、『服装』の後身にあたる『私の部屋』が創刊され、ルネは20年間その美学を余すことなく発揮しました。
第U章では、『私の部屋』などでのインテリアとファッションの提案を初版誌とその再現により紹介します。
![]() ファッションとインテリアの再現 |
![]() ティーセット 1968年頃 |
内藤ルネは、 1960年頃から20年以上、陶器やファンシーグッズのデザインを手がけました。いちご柄や、ルネパンダなど数多くが商品化され、ファンシーグッズの発展と普及に大きな役割を果たしたといえます。
第V章では、60年代から80年代頃にかけてデザインされた、夢のようで、ポップで、ファニーで、コミカルで・・・、そして今でも”かわいい”多彩なグッズを、キャラクターの種別で分類して紹介します。
![]() 貯金箱 (MR PANDA、ラブラパンダ、ハローパンダ!!ルネパンダ) |
![]() STRAWBERRY カップ、湯のみ、ミニ手付キャンドル |
![]() 会場風景 |
![]() 会場風景 |
内藤ルネは、これまでの章で紹介した仕事とは対照的に見える、もうひとつの世界観を持っていました。それは1960年代中頃からの、妖艶な魔女や恋する女性を主人公にした物語や絵で表現される幻想的で耽美なものです。雑誌『服装』でのリビングなどの提案や、グッズデザイナーとして活躍した時期と重なりますが、こうした内的世界もまた観る者を不思議な夢の国へと誘います。
第W章では、幻想的で耽美な世界、抒情的な女性像やルネが愛したコレクション、そして最晩年となってしまった近作などを紹介します。
![]() 白い服のジネット 『薔薇の小部屋』(第1巻第1号)原画 1978年 |
![]() オウム貝の少年 2007年 |
![]() 内藤ルネ展チラシ (クリックで拡大します) |
![]() ルネグッズの販売(ミュージアムショップ) |
記念講演会「〈カワイイ〉文化を考える」「カワイイ文化」の生みの親ともいえる内藤ルネ。そのファンタジー・ワールドの魅力をお話しいただきます。
子ども博物館教室 「めざせ一流デザイナー!!」小中学生を対象にした教室です。さあ、あなたも一流デザイナーをめざそう!
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