誕生〜昭和6年(〜27歳) |
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明治37年 |
四日市市浜田の真宗高田派佛法山崇顕寺に生まれる |
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昭和4年 |
早稲田大学文学部国文科卒業 |
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昭和7〜12年(28〜33歳) |
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生母もの |
「秋」(活字になった最初の小説)
「鮎」(母をモデルにした代表作)など |
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マダムもの |
「象形文字」など |
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昭和10〜20年(31〜41歳) |
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市井事(し
せいじ)もの |
「自分の鶏」など |
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戦記もの |
「海戦」など |
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昭和21〜31年(42〜52歳) |
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戦後の流行作品 |
「厭(いや)がらせの年齢」
(題名が流行語となる) |
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風俗もの |
「哭壁」など |
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昭和25〜27年(46〜48歳) |
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実験小説 |
「爬虫類」など |
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昭和28〜41年(49〜62歳) |
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風俗小説からの脱皮 |
「青麦」(父をモデルにした長編小説)など |
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昭和40〜56年(61〜77歳) |
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丹羽文学の集大成 |
「親鸞」(丹羽の中の親鸞を確かめた宗教小説)など |
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昭和52年〜平成17年(73〜100歳) |
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昭和52年
昭和53年
昭和62年
平成17年 |
文化勲章を受章
四日市市名誉市民に推挙される
四日市市鵜の森公園に句碑が建立される
肺炎のため武蔵野市の自宅で逝去 |
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丹羽さんは自らの創作活動の一方、新人作家や評論家の育成にも情熱を傾け、昭和25年から同49年まで
20数年間にわたり同人誌『文学者』を自費で発行、後進たちに発表の場を提供しました。
同誌からは、昨年、文化勲章を受章された瀬戸内寂聴(じゃくちょう)さんをはじめ、芥川賞(河野多惠子さん、近藤啓太郎さんなど7人)、直木賞(新田次郎さんら2人)、太宰治賞(吉村昭さん)などの受賞者や、評論家の大河内昭爾さんなど多くの優れた文学者を輩出しました。また、東京都武蔵野市にあった丹羽邸の応接間には同誌を通じて若い作家らが集まり、丹羽さんとの交流を通して文学界での活躍の機会を得ました。 |
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丹羽さんは日本文藝家協会の要職を長年勤め、文芸家の著作権保護に尽力しました。さらに、文学者の社会保障制度の充実を提唱し、昭和28年の「文芸美術国民健康保険組合」設立の足がかりをつくりました。また、無名作家を含む日本文学に貢献したすべての文学者をまつる「文学者之墓」(静岡県冨士霊園内)を建立しました。 |
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