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未来に向けて…

 



 「公害」という言葉が新聞やテレビで使われるようになったのは昭和34年といわれています。

 四日市公害はそれとともに始まり、5年にわたる裁判を経て、63年2月末までに、新しい公害患者の認定を終了するまで、約30年という長い時がすぎました。

 その間に四日市公害患者と認定された方の総数は2,216名です。他にも空気のよい土地へ引っ越した家族や、町ごと移転を計画し、実行された地区もあります。反対者がいて中止した地域もあります。

 いったん公害病が発生すれば病気は直りにくく、大人は生活が苦しくなりいっそうの苦しみを背負うことになります。

 そのため公害発生から約半世紀 たった今も病気と闘っている患者さんが少なくありません。

 患者さんや、なかでも原告として裁判を起こした人たちがいて、今のきれいな空気や海があることを私たちはけっして忘れることはありません。

夕暮れのコンビナート
青空と魚が住める海はもどりつつある・・・


霞埠頭で魚釣り


 


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