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大気汚染

 



 昭和35年...
第1コンビナートの操業が始まりました。

 直後から、住民から騒音やばい煙、振動、悪臭への対策を望む要望が市に提出されました。

 特にエネルギーのほとんどに、硫黄分の多い中東原油を使っていたため亜硫酸ガスの排出量が多かった。

 住民にぜんそく患者が多く見られることとなり、れが「四日市ぜんそく」とよばれました。

住宅に隣接するコンビナート
(撮影:澤井余志郎氏)


 

磯津における疾風汚染

  大量のぜんそく患者が発生した磯津地区では冬季に異常に高い濃度の二酸化硫黄が測定されました。

 これは地区の北西に位置する第1コンビナートから排出された亜硫酸ガス(二酸化硫黄の気体)が、冬季の卓越風によって磯津地区に集中するという「疾風汚染」によるものでした。


 

北勢風が吹くと磯津が風下になる




ぜんそくに苦しむ患者

 空気中の二酸化硫黄の濃度と呼吸器の病気に関係があることは初期の段階から予想され、医学的調査がすすめられて次第に明らかになっていきました。

 原油に含まれる硫黄分が燃焼によって酸化され、二酸化硫黄となり、さらに酸化されると硫酸ミストとなって、人体に重大な影響を及ぼしたためです。

 気管支炎、気管支ぜんそく、咽喉頭炎など呼吸器疾患の原因となり、更には肺気腫などの原因となりました。

 塩浜病院に入院し、酸素吸引をする患者。

 

(撮影:澤井余志郎氏)





 ”あそこが一番の原因だ”と塩浜病院のベッドから訴える...。

(撮影:澤井余志郎氏)








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